大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成8年(モ)2452号 決定

甲事件申立人(被告)

甲野一郎

外三四名

右申立人ら訴訟代理人弁護士

河本一郎

手塚一男

大江忠

三浦州夫

乙事件申立人(被告)

乙山太郎

右申立人訴訟代理人弁護士

牛場国雄

甲事件及び乙事件相手方(原告)

丙川八郎

甲事件及び乙事件相手方(参加人)

株式会社ナツカワ

右代表者代表取締役

春本良男

甲事件及び乙事件相手方(原告)兼右両名訴訟代理人弁護士

亀田信男

右相手方ら訴訟代理人弁護士

吉武伸剛

椎名麻紗枝

飯田秀人

鈴木利治

主文

相手方(原告)及び同(参加人)らは、平成七年(ワ)第一一九九四号株主代表訴訟事件の訴え提起の担保として、この決定の確定した日から一四日以内に、共同して、甲事件、乙事件の各申立人(被告)らに対し、それぞれ二〇〇〇万円を提供せよ。

理由

第一  申立ての趣旨

相手方(原告)及び同(参加人)ら(以下両者を一括して「相手方ら」という。)は、平成七年(ワ)第一一九九四号株主代表訴訟事件の訴え提起の担保として、申立人(被告)らに対し、相当の担保を供託せよ。

第二  事案の概要

一  株主代表訴訟の提起

1  相手方(原告)らは、大和銀行株式会社(以下「大和銀行」という。)の取締役又は監査役である申立人らを被告として、その責任を追及する株主代表訴訟(平成七年(ワ)第一一九九四号)(以下「本件本案訴訟」という。)を提起し、相手方(参加人)は右訴訟に参加した。

2  相手方(原告)らは、本件本案訴訟において、申立人らに対し、連帯して、一一億米ドル及びこれに対する平成七年七月一三日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を大和銀行に支払うよう求め、請求原因として概略次のとおり主張し又は主張する予定である。

(当事者等)

(一) 大和銀行は、大正七年八月に設立されたわが国有数の銀行である。

(二) 相手方(原告)らは、大和銀行に対して申立人らの責任を追及する訴えを提起することを請求した日の六か月以上前から引き続き大和銀行の一〇〇〇株以上の株式を有し、相手方(参加人)は、大和銀行の一〇〇〇株以上の株式を有する株式会社であるが、本件本案訴訟提起までに六か月を経過していない。

(三) 申立人らは、昭和六〇年一〇月二三日から平成七年一一月二七日までの間、いずれも大和銀行の取締役ないし監査役の地位にあったか、あるいは現在取締役ないし監査役の地位にある者である。

(申立人らの責任原因)

(四)(1) 平成七年九月二六日、大和銀行ニューヨーク支店に勤務していたAらが、過去一一年間無断取引を約三万回繰り返し、約一一億米ドルの損失を大和銀行に発生させ、しかも、その損失を隠すため帳簿類の偽造、虚偽記載などを行っていたこと(以下「本件事故」という。)が発覚したが、これらの損害は、取締役であった申立人らが、違法取引や虚偽の報告がなされることを防止するため適切な行為をしなかったことによるものである。

(2) また、Aから当時の大和銀行頭取申立人Bに宛てた平成七年七月一三日付けの手紙(以下「頭取宛の手紙」という。)で、取締役らは、本件事故を把握したが、大和銀行は、その後も、わが国の商法、証券取引法のみならずアメリカ合衆国及びニューヨーク州の証券取引法、銀行法などに違反する行為を繰り返し、その結果、アメリカ合衆国から全面撤退することを命じられたのであり、これは、取締役としての忠実義務に違反するものである。

(3) 大和銀行が被った右損害は、監査役及び元監査役であった申立人らが、適切な業務監査及び会計監査を行っていたならば、当然防止することができたはずのもので、監査役及び元監査役である申立人らの重大な職務怠慢によるものである。

(五)(1) 申立人らのうち、取締役である者又は取締役であった者は、各々大和銀行の業務執行の決定機関であり、かつ、取締役の職務執行の監査機関である取締役会の構成員として、Aを含む行員全般の職務執行の内部統制システムを構築すべき義務があったのに漫然それを怠り、証券ディーリングの担当者とその監督者とを同一人物が兼任するのを放置したため、Aにおいて恣に虚偽の報告書を作成しても、大和銀行の他の行員の誰もそれに気づかないというような内部統制システム不在の体制を一〇年以上にわたって容認した。

その結果、Aが頭取宛の手紙を出すまで、本件事故に気づかなかったのであり、これは、取締役として重大な過失である。

(2) 申立人らのうち、監査役であった者の職責は、商法二七四条により、会計監査のみならず、申立人らのうち取締役の任にあった者の業務執行をも監査することにあるが、申立人ら監査役であった者は、商法二七五条ノ二第一項により、申立人ら取締役に対して、その行為を直ちに中止するよう請求すべき権限及び義務があったのに、重大な過失により、その差止請求権の行使をしなかった。

(損害)

(六) 大和銀行は、前記のごとく、申立人らの忠実義務違反等によって一一億米ドルの損害を被った。

(訴訟提起の請求)

(七) 相手方(原告)らは、大和銀行に対し、平成七年一〇月二三日、申立人ら及び監査役Cの責任を追求する訴えを提起するよう請求したが、大和銀行は、本件本案訴訟提起時に至るも訴えを提起しなかった。

(まとめ)

よって、相手方らは、申立人らに対し、右損害金一一億米ドル及びこれに対する平成七年七月一三日から支払済みに至るまで商法所定年六分の割合による遅延損害金を、大和銀行に支払うことを求める。

二  甲事件申立人らの主張

1  株主代表訴訟の担保提供決定の判断基準に関する裁判例によれば、株主代表訴訟の提起がいわゆる不当訴訟を構成する可能性が高い場合には、担保の提供を命ずることができるとし、具体的には、①請求原因の重要な部分に主張自体失当の点があり、主張自体を大幅に補充あるいは変更しない限り請求が認容される可能性がない場合、②請求原因事実の立証の見込みが低いと予測すべき顕著な事由がある場合、あるいは③被告の抗弁が成立して請求が棄却される蓋然性が高い場合などに、そうした事情を認識しつつあえて訴えを提起したものと認められるときは、「悪意」に基づく提訴として担保提供を命じうるとされている。

2(一)  会社と取締役の関係、会社と監査役の関係は、委任契約関係であるところ、相手方らの主張する義務違反は、債務不履行のうちの不完全履行の類型に入るから、申立人らがいかなる行為をすべきであったのに、いかなる行為をするにとどまったのかを相手方らにおいて具体的に主張、立証すべきである。しかし、相手方らは、具体的に申立人らのうちの誰が、いつ、どのような行為を行うべきであったのか、その注意義務の具体的な内容を明らかにせず、しかも、相手方らは、その注意義務を基礎づけるだけの具体的な事実の主張も一切行っていない。

(二)  商法二六六条一項五号の法令は、すべての法令を意味するものではないから、相手方らにおいて、申立人らが違反したとされる具体的な法律の規定を特定する必要があるが、相手方らは、商法二五四条の三に言及するのみで、その前提となる具体的な法令自体を明らかにしていない。

(三)  相手方らは、申立人ら個々人の行為と一一億米ドルの損失発生との間の因果関係も全く明らかにしていない。

(四)  このように、相手方らは、請求原因として主張すべき事実を特定せず、請求原因の重要な部分に主張自体失当の点があるといわざるをえず、しかも、主張を大幅に補充しない限り、請求が認容される可能性がないのは明らかである。

3(一)  代表訴訟という特殊な訴訟類型においては、訴え提起当時主張が不明確であっても、その後主張を追及すれば足りるとの安易な見解は、会社の有する訴権との関係で失当である。

すなわち、そもそも株主が取締役の責任を追及する訴えを提起するのに、事前に会社に対して訴えの提起を請求し、会社がその請求があった日から三〇日以内に訴えを提起しないことが必要とされているのは、取締役の責任を追及する訴えの訴訟物が、会社の取締役に対する請求権であり、本来この訴訟物について訴訟追行の適格を有するのは会社であることから、まず会社に訴訟追行の機会を与え、会社がその機会を与えられたにもかかわらず訴えを提起しないときに初めて、株主に会社のためその訴訟を追行する適格を与えるのが相当であるとの考えによるものである。そして、このことを前提とすれば、相手方らが、当初大和銀行に対し、書面で提訴を求めた原因事実によって特定された訴訟物と、代表訴訟における請求とは、一体性が認められなければならず、代表訴訟において請求を変更し、当初書面で提訴を求めた請求と一体性が認められないものにすることは、商法二六七条の意義を無意味にし許されない。

(二)  株主が会社に訴訟を提起することを書面で請求する場合、書面には訴えを提起すべき旨の請求を記載することはもちろん、被告たるべき取締役又は監査役の氏名及びその責任の発生原因たる事実を記載すべきであるところ、相手方からは、大和銀行常勤監査役Dに対し、前記一2(四)(1)及び(2)の事由を記載し、申立人ら過去一〇年間に取締役として在職した者の内、同監査役が調査した結果、有責と考える者に対する訴訟提起を求める一方、大和銀行代表取締役丁村次郎に対し、前記一2(四)(3)の事由を記載し、申立人らほかの過去一〇年間に監査役として在職した者のうち、同取締役が調査した結果有責と考えられる者に対する訴訟提起を求めたのみで、責任事由として記載されているのは、本件訴状の請求原因の記載とほぼ同内容で、具体的な事実主張として特定されてなく、不明確と言わざるを得ない。

(三)  加えて、相手方らは、郵便代の予納すら長期間怠っていた状況であること、訴状においてすでに申立人らの住所を把握していると記載しているにもかかわらず、実際には調査していなかったことなど、弁論の全趣旨とあわせると、本件本案訴訟の提起は「悪意」に基づくものといわざるを得ない。

4(一)  相手方らは、前記一2(五)(1)で、Aの頭取宛の手紙で本件事故を把握した後も、わが国の商法、証券取引法、アメリカ合衆国及びニューヨーク州の証券取引法、銀行法などに違反する行為を繰り返したと主張して、Aの不正行為発覚後の取締役の措置を問題にしているが、後記の申立人らは、Aの不正行為の発覚前に取締役を退任し、相手方らの主張する右請求原因に関し、元々取締役としての職務権限がないのであるから、相手方らの主張は、立証の見込みがないにとどまらず、およそ立証が不可能である。

退任年月日 退任取締役

平成四年三月三〇日 申立人E F

平成五年二月一日 申立人G

平成五年六月二九日 申立人D H

平成六年一月三一日 申立人I

平成六年六月二九日 申立人J K L M N

平成七年六月二九日 申立人O P Q R S

(二)  商法特例法上の大会社における監査役は、会計監査に関し、同法一四条三項一号が定めるとおり、会計監査人の監査の方法又は結果が相当でないと認められた場合に限って、その理由及び自己の監査の方法の概要及びその結果を監査報告書に記載することとされていて、一時的には会計監査人の監査に依拠してもよい法制となっている。しかるに、大和銀行の会計監査人である冬村忠男監査法人は、従来無限定適正意見の会計監査報告書を出し、しかも、後記のような監査役たる申立人の選任及び退任時期を勘案すると、すでに退任した者にとどまらず、現任の監査役についても、その職務懈怠があったことを相手方らが立証できる見込みはないといわざるをえない。

(1) 申立人Xは、平成二年六月二八日監査役に選任され、同四年六月二六日に退任した。

(2) 申立人U、同Vは、平成三年六月二七日監査役に選任され、同五年六月二九日に退任した。

(3) 申立人Wは、平成四年六月二六日監査役に選任され、同月二九日に退任した。

(4) 申立人H、同Dは、いずれも平成五年六月二九日監査役に就任し、その後、申立人Hは、平成七年六月二九日に退任した。

(5) 申立人Nは、平成六年六月二九日、申立人Yは、平成七年六月二九日にそれぞれ監査役に就任した。

5  申立人らは、本件本案訴訟の提起により、いずれも多大なる応訴の費用と時間及び労力を費やすことを強いられ、特に本件において、相手方(原告)らの請求する損害賠償額が一一億米ドルという巨額であることなどによって、各個々人の本来の業務や日常生活を営む上で大きな支障が生じ、精神的にも肉体的にも甚大な被害が生じている。

したがって、相手方らは、申立人一人当たりにつき、最低でもそれぞれ四〇〇〇万円の担保を提供するのが相当である。

6  相手方らは、甲事件の第一回審尋期日において、裁判所から次回の審尋期日までに訴状の請求原因につき、事実主張を明確にするよう指示されたにもかかわらず、第二回審尋期日に取締役などの責任原因を特定した準備書面を提出せず、再度裁判所から釈明を求められて、第二準備書面において、前記一2(五)の主張をするに至ったが、相手方らは、右準備書面でも、申立人らの責任原因を特定する上で、最も基本的な事実というべき「担当職務との関係で、具体的にどのような義務違反があるのか」について全く触れてなく、一見して明白に、裁判所の求釈明を拒絶している。

三  乙事件申立人乙山太郎(以下「申立人乙山」という。)の主張

1(一)  申立人乙山は、平成六年六月二九日の株主総会で監査役(いわゆる社外・非常勤監査役)に選任された。申立人乙山が監査役に就任して以来、商法特例法一八条の二第二項により、監査役全員一致の決議で監査について、「常勤でない監査役は、原則として、取締役会への出席、随時取締役からの報告及び監査役会での報告などに基づいて監査を行う」こととされた。

(二)  申立人乙山は、監査役就任以来、本件事故について大和銀行から報告を受けた平成七年九月二六日までの間、八月を除く毎月開催された定例の取締役会にすべて出席し、臨時の取締役会に一度欠席しただけであった。また、申立人乙山は、監査役会についても、監査役就任後、平成七年九月二六日までの間の監査役会にすべて出席し、このほかにも、随時個々の取締役や監査役から銀行業務の情報の入手に努めてきた。

しかし、取締役会や監査役会のみならず、個々の取締役、監査役からも、本件事故について全く報告がなく、その片鱗をうかがい知るような間接事実についての報告も議論もなかった。申立人乙山が、本件事故を知ったのは、平成七年九月二六日で、大和銀行が本件事故をマスコミに公表したその当日であって、本件事故について常勤監査役からの情報に接し得なかっただけでなく、取締役との接触からもこのような情報に全く接し得なかった。

(三)  このように、申立人乙山は、本件事故について、平成七年九月二六日まで全く知らなかったのであるから、監査役としての任務懈怠の責を負ういわれはない。

また、Aが頭取宛の手紙を送付してから、同年九月二六日までの間、この事実を知らなかったこと及びこの手紙に対する大和銀行執行部の対応を全く知らなかったことについて、何ら監査役としての任務懈怠の責を負ういわれはない。

2  前記二1、2、3(一)及び(二)に同じ。

3(一)  監査役には会計監査と業務監査の職務があるが、会計監査について、大和銀行のような商法特例法上の大会社の場合、第一次的には会計監査人がこれに当たり、監査役は、会計監査人が行った監査方法が、企業会計準則など一般に公正妥当と認められる監査基準に基づいて行われ、その結果一見して矛盾点があるなど相当性を疑うに足りる事情がなければ、会計監査人の監査に依拠することが認められている。しかして、大和銀行の会計監査人は、わが国有数の規模と信用を誇る監査法人である冬村忠男監査法人であり、同監査法人は、従来、無限定適正意見の会計監査報告書を提出し続けてきた。そして、同報告書は、公正妥当な監査基準に基づいて作成されていて、その結果に相当性を疑うに足りるような事情は全く存在しなかった。

(二)  次に、業務監査についても、同監査は、取締役の職務の執行を対象とするものであって、個々の職員の職務執行を直接に監査、監督するものではないし、業務監査の具体的な方法も、商法上、監査役に対し、取締役会への出席、取締役らへの営業報告の請求、株主総会への提出書類などの調査を定めるだけで、その他の方法について各別の制限がなく、業務監査は、商法の定める方法のほか、会社の実情に応じ、監査役会において、合理的かつ相当な方法を定め、それによることが認められている(商法特許例法一八条の二第二項)。

申立人乙山は、前記1(二)で述べたように、監査役の職務をすべて誠実に遂行してきた。

(三)  以上のような監査役の職務及びその執行方法からして、本件事故のような外国における一職員の行為に基づく損害発生につき、申立人乙山に、右損害相当の賠償をしなければならないような違法な任務懈怠があったことを、相手方らにおいて立証できる見込みは存しない。

まして、申立人乙山は、平成六年六月二九日に、商法改正により初めて選任が義務ずけられた社外監査役たる非常勤監査役として選任されたばかりで、弁護士を本来の職業としているので、右に述べた相手方らの立証の見込みは一層少ないといわざるを得ない。

4  申立人乙山は、第一東京弁護士会所属の弁護士で、四〇箇所の企業、団体、地方公共団体の顧問、嘱託を務めているほか、二企業の監査役なども務め、多忙であるため、弁護士に事件を委任せざるを得ないところ、東京弁護士会報酬規則によると、一一億米ドルを仮に一一〇〇億円と仮定しても、着手金は巨額なものとなり、相当高額な弁護士費用を負担せざるを得ない。

また、申立人乙山は、数多くの企業、団体、地方公共団体に関係しているもので、対外信用第一とする弁護士として、きわめて苦しい立場に立たされ、その精神的苦痛は計り知れないものがある。もとより、応訴のため、多大なる時間と労力を費やすことを強いられていることはいうまでもない。

したがって、担保の金額については、高額な金員を提供させるのが相当である。

5  相手方らは、平成八年七月五日、本件本案訴訟につき、監査役であるCを被告とする訴えを取り下げている。

申立人乙山は、Cと同じく、平成六年六月二九日、大和銀行のいわゆる社外監査役に初めて就任した者であり、かつ、Cと同じ非常勤監査役として、監査役の職務分担も同一であった。しかるに、相手方らは、就任時期(在任時期)も、商法及び商法特例法上の地位も、職務内容も全く同一の二人の監査役のうち、Cについてのみ訴えを取り下げ、申立人乙山について訴えを維持している。

このように、全く同一の立場にある二人の監査役を恣意的に区別する相手方らの訴訟追行は、申立人乙山に対する相手方らの悪意、さらには害意を如実に示すものと言わざるを得ない。

6  相手方らは、訴状記載の請求原因だけでは申立人らの職務怠慢について「事実の特定」ができていないとの申立人らの主張に対し、第二準備書面において、前記一2(五)(1)及び(2)のような主張を追加している。

(一) しかし、「内部統制システム」というだけではあまりに漠然としていて、具体的な事実の主張としては不十分であり、「監督者」というのも、どのような地位、職責にあるものを指すのか不明確である。その上、そもそも「内部統制システム」の構築は、業務執行の決定機関である取締役の職務であり、監査役である申立人乙山の職務ではない。

したがって、相手方らの追加主張をもってしても、申立人乙山の職務怠慢に関する請求原因の特定は、依然として不十分である。

(二) また、前記一2(五)(2)の主張も、これだけでは、大勢いた取締役の中の誰の、いつ行った、いかなる行為を中止するよう請求すべきであったのかが明らかでなく、請求原因の特定としては全く不十分であるし、前記1(二)及び(三)で述べたように、申立人乙山は、Aの行為についてはもとより、Aが頭取宛の手紙で自己の行為を大和銀行に告発した後の大和銀行の行為についても、平成七年九月二六日まで全く知らなかったのであるから、申立人乙山が、差止請求権を行使することは全く不可能であった。

四  甲事件申立人らの主張に対する相手方らの反論

1  大和銀行は、アメリカ合衆国及びニューヨーク州などの証券取引法、銀行法などに違反したとして、アメリカ合衆国の連邦準備制度及びニューヨーク州などの銀行監督官から、業務停止命令を申し立てられて全面的に同意し、さらに、アメリカ合衆国の連邦地方検察官から二四もの訴因によって訴追され、そのうち一九の訴因について自らその違反行為があったことを認めて司法取引に応じ、右司法取引に基づいて平成八年二月二八日(ニューヨーク時間)に言い渡された有罪判決に従って三億四〇〇〇万米ドルの罰金を、判決言渡しの日に電信送金によってアメリカ合衆国政府に支払っている。また、Aのみならず申立人Tも、連邦地方検察官によって銀行法違反などの訴因に基づいて起訴され、両名とも全面的に罪状を認めて司法取引に応じている。したがって、前記一2(四)(1)ないし(3)は、請求原因として間違いのない事実である。

2  前記二2(一)ないし(三)について

(一) 相手方らは、請求原因事実として、請求を特定するに足る事実を主張すれば足りるのであり、どの条文を適用するかは本来裁判所の仕事であるから、申立人らのように、請求原因中に注意義務を基礎づけるだけの具体的事実の主張がないとの理由で相手方らの請求を不当であると決めつけることは失当である。

本件は、アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市で起こった事件に起因するもので、相手方らが具体的な事実を把握すること自体至難の業であり、それに日時を要するのは当然であるところ、アメリカ合衆国の連邦地方検察官が本件の起訴となった事実について取調べを行い、これを起訴し、大和銀行も右起訴事実を認めて司法取引に応じ、言い渡された判決どおりに罰金を支払い、その判決もすでに確定しているのであるから、本件請求原因の具体的事実は、右刑事事件記録から確実に判明するのであり、右判明次第相手方らは整理の上主張する。

(二) アメリカ合衆国の連邦地方検察官が、本件の起訴となった事実について取調べを行い、これを起訴し、大和銀行も右起訴事実を認めて司法取引に応じ、言い渡された判決どおりに罰金を支払い、その判決もすでに確定しているのであるから、大和銀行が、アメリカ合衆国及びニューヨーク州などの証券取引法、銀行法などに違反したことは明らかであり、申立人らは、その内容を熟知しているのであるから、請求原因の特定には、商法二五四条ノ三を援用するのみで十分である。

(三) 申立人らのうち、大和銀行の取締役の地位にあった者は、大和銀行の取締役会の構成員として、大和銀行の業務執行を決定し、かつ、他の取締役の業務執行を監視する責任があることは、商法二六〇条により明らかである。Aの無断取引について、その監督責任を負うべき担当取締役はもとより、取締役の任にあった者は、取締役会の構成員として担当取締役の業務を監視する義務があったのだから、因果関係の存在は明らかである。

3  同二3(一)ないし(三)について

(一) 相手方らの請求原因は、申立人らの取締役又は監査役の責任を追及する株主代表訴訟事件の責任原因としては必要かつ十分である。相手方らが今後口頭弁論において主張する具体的な事実は、請求原因を理由あらしめる攻撃防御方法としての事実であって、請求原因すなわち訴訟物の同一性を欠くような新たな事実もしくは請求原因を大幅に補充するような事実を主張するつもりは毛頭ない。

(二) 相手方らが監査役D及び代表取締役丁村次郎に対して損害賠償請求訴訟の提起を求めた書面に記載された請求原因事実は、一義的であって、誤解の余地のないものであるから、具体的事実として特定されている。

(三) 相手方らは、申立人らの住民票及び戸籍の付票を取り寄せてその住所を調査し、すでに裁判所に提出済みである。

4  同二4(一)及び(二)について

(一) 相手方らは、Aによる不正取引発覚前に取締役を退任した者についても、「大和銀行ニューヨーク支店のAらが過去一一年間無断取引を約三万回繰り返し、約一一億米ドルの損失を発生させ、その損失を隠すため帳簿類の偽造、虚偽記載などを行っていた」こと、及び「これらの損害は大和銀行の取締役であった被告らが違法の取引や虚偽の報告がなされることを防止するための適切な行為に及ばな」かったことを責任原因にあげていることは記録上明らかであり、相手方らは、アメリカ合衆国における刑事訴訟記録によって右請求原因を容易に立証することができる。

(二) 申立人らの主張によれば、監査役は実質上無責任ということになり、商法上の監査役制度そのものを否定することになる。

5  同二5について

申立人らは、大和銀行の取締役又は監査役であって、取締役の任にあった者は、大和銀行の業務執行を全体的に監視する経営者として重大な責任を負っているのであり、また、監査役の任にあった者は、取締役の職務執行を監督するという重大な責任、ある意味では取締役よりも重い責任があるのに、その職責を忘れて泣き言を述べるのは、取締役又は監査役としての自覚がないと評されても仕方がなく、申立人らの主張は失当である。

6  同二6について

相手方らは、申立人らが適切な内部統制システムを構築し、それが常に正常に作動するように保守点検する義務があるのに、これを重大な過失により怠ったと主張しているのであって、これで足りると解すべきである。

五  申立人乙山の主張に対する相手方らの反論

前記四1、2、3(一)及び(二)に同じ。

第三  当裁判所の判断

一  (悪意の意義)

株主代表訴訟において、裁判所が被告の請求により原告に対し相当の担保の提供を命ずることができるとされる趣意は、株主から提起される不当な訴訟によって取締役又は監査役が受けることがある損害賠償請求権を担保すること、ひいては被告となる取締役又は監査役の負担等を考慮し濫訴を防止することにあると解される。そして、商法二六七条六項によって準用される同法一〇六条二項は、原告に対し担保の提供を命ずべき場合の要件として、原告の訴えの提起が「悪意ニ出デタルモノ」であることを定めるところ、右にいう「悪意ニ出デタル」とは、①株主代表訴訟を手段として不法不当な利益を得る目的で訴えを提起した場合、②請求原因の重要な部分に主張自体失当の点があり、主張自体を大幅に補充あるいは変更しない限り請求が認容される可能性がない場合、請求原因事実の立証の見込みが低いと予測すべき顕著な事由がある場合、あるいは被告の抗弁が成立して請求が棄却される蓋然性が高い場合などに、そうした事情を認識しつつあえて訴えを提起したものと認められる場合をいうと解することができる。

二  (本件本案訴訟における悪意の有無)

1  相手方らは、申立人らの責任原因として、訴状において、前記第二、一2(四)(1)ないし(3)のように主張し、また、一件記録によると、前記第二、一2(五)(1)、(2)のような主張をする予定であることを認めることができる。

2(一)  本件本案訴訟は、大和銀行が本件事故によって被った損害について、相手方らのうち、取締役あるいは元取締役については職務怠慢あるいは忠実義務(商法二五四条ノ三)違反を理由に、監査役あるいは元監査役については、職務怠慢あるいは善管注意義務(商法二五四条三項、二八〇条一項、民法六四四条)違反を理由に、大和銀行に対して損害を賠償するよう請求するものであると解されるところ、相手方らは、請求原因として、右職務怠慢、忠実義務、善管注意義務違反を基礎づける事実を具体的に主張することが必要である。とりわけ、一件記録及び審尋の結果によると、申立人らは、別紙のとおりそれぞれ取締役あるいは監査役に就任していた期間が異なり、また、取締役においては担当職務を異にしたり、監査役においては常勤監査役と非常勤監査役とがいることが認められところ、相手方らは、申立人らの善管注意義務違反等の主張をするに当たっては、申立人らの右のような地位等の相違を考慮しながら、各人ごとに具体的な事実を主張しなければならない。

(二)(1)  相手方らが取締役である申立人らの責任原因として主張する前記第二、一2(四)(1)の主張(Aが、大和銀行ニューヨーク支店において、過去一一年間にわたり無断取引を約三万回繰り返して約一一億米ドルの損失を大和銀行に与え、その損失を隠すため帳簿の偽造、虚偽記載などを行っていたにもかかわらず、取締役である被告らが、違法取引や虚偽の報告がなされることを防止するための適切な行為をしなかった。)は、単に右申立人らが違法取引や虚偽の報告がなされることを防止するための適切な行為をしなかったというにすぎず、いまだその具体的内容は明らかではないし、また、申立人ら取締役の担当職務や取締役の就任期間なども考慮すると、請求原因事実の主張として極めて不十分であるといわざるを得ない。

(2) 前記第二、一2(四)(2)主張(Aの頭取宛の手紙で、取締役らが、事態を把握したにもかかわらず、その後も我が国の商法、証券取引法のみならずアメリカ合衆国及びニューヨーク州の証券取引法、銀行法などに違反する行為を繰り返したため、アメリカ合衆国から全面撤退することを命じられ、これは、取締役としての忠実義務に違反する。)は、忠実義務の前提をなす法律違反の具体的な条項が明らかでないし、また、違反行為の具体的内容(どの職務を担当するどの取締役が、いつの時点において、どのような行為をすべきであったのにこれに違反したなど)がなんら主張されていないこと、加えて申立人らの中には、Aの頭取宛の手紙が送付された時点で既に退任していた者(申立人E、同F、同G、同D、同H、同I、同J、同K、同L、同M、同N、同O、同P、同Q、同R、同S、同U)がおり、右主張はそれのみをもっても失当であることなど、請求原因事実の主張として、極めて不十分であるといわざるを得ない。

(3) さらに、前記第二、一2(五)(1)の主張(取締役である者又は取締役であった者には、取締役会の構成員として、Aを含む行員全般の職務執行の内部統制システムを構築すべき義務があったのに漫然それを怠り、証券ディーリングの担当者とその監督者とを同一人物が兼任するのを放置し、内部統制システム不在の体制を一〇年以上にわたって容認した点に重大な過失がある。)は、単に「内部統制システム」の設置等をいうにすぎず、具体的内容は定かでないばかりか、申立人ら取締役の担当職務や在任期間に照らして、どの職務を担当する取締役が、いつの時点で、どのような行為をすべきであったのか、といった具体的な事実の主張がされておらず、右主張をもってしても請求原因事実の主張として、極めて不十分であるといわざるを得ない。

(三)(1)  相手方らが監査役である申立人らの責任原因として主張する前記第二、一2(四)(3)の主張(Aの違法取引によって大和銀行が被った損害は、監査役及び元監査役であった被告らが、適切な業務監査及び会計監査を行っていたならば、当然防止することができた。)は、単に抽象的に適正な業務監査及び会計監査を行わなかったというにすぎず、大和銀行における監査が会計監査人である冬村忠男監査法人の無限定適正意見の会計監査報告書に基づき行われていたこと(疎甲四の一ないし一〇、審尋の全趣旨)に徴すると、右主張のみでは、その具体的な内容は明らかではなく、監査役及び元監査役である被告らの職務怠慢の内容について、具体的な事実主張は、何らなされておらず、請求原因事実の主張として極めて不十分であるといわざるを得ない。

(2) 次に、前記第二、一2(五)(2)の主張(申立人らのうち監査役であった者は、商法二七五条ノ二第一項により、申立人ら取締役に対し、その行為を直ちに中止するよう請求すべき義務があったのに、重大な過失により、その差止請求権を行使しなかった。)は、いつ、どの取締役のどのような行為について差止請求をすべきであったのかが明らかではなく、監査役の過失の内容についての請求原因事実の主張としては、極めて不十分である。

(四)  相手方らの本件本案訴訟提起にかかるその他の事情についてみてみるに、一件記録によれば、相手方らは、本件本案訴訟を提起するに際し、請求原因(特に、申立人らの責任原因事実)を裏づける具体的事実関係や資料を整えることなく、報道された内容のみに基づいて、本件本案訴訟を提起していること、平成八年七月五日に甲事件の第一回審尋が行われた際、相手方らは、裁判所から申立人らの責任原因について特定するよう釈明されたが、同年一〇月九日の第二回審尋期日までに、責任原因を特定する準備書面を提出せず、再度裁判所からこの点を明かにするよう求められ、平成八年一二月一八日の第三回審尋期日において、第二準備書面を提出し、前記第二、一2(五)の主張をするに至ったが、右主張をもってしても責任原因を特定するには不十分であること、相手方らは、前記第二、一以上の主張事実を明かにしようとしないし、現段階においてこれを明らかにし得ないことを一応認めることができる。

(五)  そうすると、相手方らの本訴請求は、請求原因の重要な部分に主張自体失当の点があり、主張自体を大幅に補充あるいは変更しない限り請求が認容される可能性がない場合に該当し、ひいては請求原因事実の立証の見込みが低いと予測すべき顕著な事由がある場合にも該当するというべきである。

そして、右の事実からすれば、相手方らは、右の事情(請求原因の重要な部分に主張自体失当の点があり、主張自体を大幅に補充あるいは変更しない限り請求が認容される可能性がない点など)を認識しつつ、あえて本件本案訴訟を提起したものと推認するのが相当である。

3  よって、本件本案訴訟の提起は、その余の点について判断するまでもなく、商法二六七条六項において準用する同法一〇六条二項にいう「悪意ニ出デタルモノ」に該当するというべきである。

三  (担保の額)

申立人らにつき予想される損害、「悪意」の態様、程度その他本件本案訴訟に関する諸般の事情を総合勘案すると、本件において相手方らに共同して提供を命ずべき担保の額は、各申立人らにつきそれぞれ二〇〇〇万円と定めるのが相当である。

四  (結論)

以上の次第で、本件申立ては、いずれも理由があるから認容し、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官松山恒昭 裁判官末吉幹和 裁判官小林邦夫)

別紙〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例